東北震災地8月14日
理由は何でもよい。
僕の見たものを伝えなきゃ。
8月13日仙台に泊まり、
日本三景の松島を通り、石巻に向かう。
津波の被害を受けた市街地もすでに復興し、
各店舗は再スタートしていたと思えたが・・・
さらに進むと・・・
この区画の木造家屋はすべて波にさらわれ、
すでにがれきの撤去も終わり、
まるで更地のようになっているところが多い。
残っているのは、コンクリートの建物で
その最たるものは
石巻市民病院、
現在再開か赤十字病院との合併かで論議を呼んでいる。
再開できず社名が隠された大手スーパー。。
この付近は船が市街地に何艘も取り残されていた。
初めて信号が停電している抗交差点を経験した。
すごく違和感と恐怖を感じる。
上だけ見れば何ともないように見えるのだが・・・。
女川辺りだと思うが、
津波は緩斜面を駆け上がることも分かった。
斜面が緩ければかなり内陸まで侵入するようだ。
大きな石碑も容赦ありません。
中央は 雄勝町 硯(すずり)伝統産業会館
この骨組はコンビニでしょう。
バスが屋上に!
バス会社があったのか、はたまた観光客がいたのか
付近に何台もバスが転がっていた。
陸前高田 高田松原のホテル
一見営業しているかのような・・・。
この辺りは車が多く、
見物している人も多かった。
さきほどのホテルの向かい。
看板の下部まで津波がぶつかり破損している。
車の車高と比べてほしい。
川に沈んでいる青い管は、
橋の沿って設置されてた導水管。
押し流されてはずれ、90°曲がったわけだ。
変電所や電線が壊れ、警察の方々がそこらじゅうで手信号で誘導していた。
廃墟となった釜石市を見下ろす弥勒菩薩?
仏の力で津波を抑えられぬのか?
駐車場に並ぶ車は、すべて破壊された車であった。
釜石市は、大きな町である。
だからこそ丈夫で大きな建物が多い。
でも津波にはかなわず、ゴーストタウンになっている。
今までの町と違い一番の凄味があった。
道に迷ったら冠水地帯に出くわす。
こんなところに車で来られてしまうことがふつうありえない。
注意とか、危険という表示が全くないのである。
それだけ余裕がないのである。
この大きな町の信号も停止していた。
バイパスが高いところを走っており、
大鎚町などは、パスした。
井上ひさしの小説の舞台となった吉里吉里は
海に対して開けっぴろげで緩やかな斜面ということで
相当内陸までやられていました。
町の大半がやられたのではないかと思います。
宮古市は、湾の前に一つ半島が突き出ているためか
若干被害は少ないように思いました。
これで海沿いの見学は終わりです。
内陸部では、橋があるたびに
接合部が盛り上がっていました。
鉄道は後回しというか、完全に放置されています。
がらんとした小学校、
4回まで津波が突き抜けた5階建てアパート、
家屋の屋根が乗ったままの鉄道の陸橋
等被災の悲惨さを示す傷痕はいくらでもあります。
一人で運転していたし、
むやみに停止することもできず、
もっともっと残したい画像もありましたが、
今僕にできることから始めていこうと思います。
2011.08.14の東北太平洋沿岸部レポでした。
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